2015年10月21日

バランシン2


バランシン の続き

チラチラ見てみたものの、
未だこれという部分がなく、、

いろいろぐぐってみても
音楽の視覚化とかの言葉が
出てくるもののピンとこない

だったのですが、
の記事で少しわかってきたかも
引用させていただくと

「音楽にぴったりの動きを見つけ出すことが全てで、
物語や、主人公たちの喜びや悲しみについて
考える余裕などない、音楽の問題で手いっぱいだと。」

文中にある書籍でのバランシンの言葉ですが、
単に視覚化というのでない
”音楽にぴったりの動き”

こう知った後で見てみると

※0:00-2:02

※30:20-32:46

A kristalypalota (Le Palais de cristal)
Koreografus: George Balanchine (1947)
Opera Bastille, Paris (2014)

合っている、音楽にぴたり
音を消してもそれなりに曲を表現できている感じ

以前は、同じものを見ても
色彩とか配置はきれいだけど
それだけかなあという感じで
ここがよいと取り上げにくく
退屈な感じさえもあったのが

今は、見ていて楽しい
ほとんどすべての場面が面白い

前はちょっと分析的に
見過ぎていたのかも

そういえば前回取り上げた
チャイコフスキーパドドゥも
よさはそういうところだったか

位置的に離れたポーズを
高速でつなげるのも
そのためかと
いろいろつながってくる感じ

そもそもなぜ
音の視覚化など
しようと考えたのか
不思議だったのですが

それもそぴあのブログさんのおかげで
なんとなくわかりました
バランシンは
チャイコフスキーが大好きで
それをダンスで表現、同化したかったのかと

感情など関係なく
美しいもので満足する
そういうタイプの人なのかと
(それはそれ人それぞれで別に悪くはない)
思いかけていたのですが

結構熱い人だったようです


posted by GJ at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ダンス
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